簿記を学ぼう! ~Break Time No.1:簿記はどこから始まったのか?~

簿記を学ぼう! ~Break Time No.1:簿記はどこから始まったのか?~

2016.05.24

業務系システムには、必ず関わってくる会計の知識。全ての基本は簿記にあります。前回の第2回は簿記の活用として財務諸表をみていきました。覚える事もふえてきましたので、今回は軽く息抜きとして、簿記の起源を辿り、簿記の必要性にちょっとだけ触れていこうと思います。

1. はじめに

これまで、簿記 についていくつかの重要なポイントをみてきましたが、覚えることも増えてきましたので今回は少し息抜きをしていきましょう。

みなさんは、簿記の歴史 について、ご存知でしょうか。今回は、簿記の歴史について振返ってみます。そして、次回の機会があれば、その歴史を踏まえて簿記がなぜ大切かに迫っていきます。

2. 簿記の起源:中世イタリアの「近代会計学の父」

簿記といえば、複式簿記 を指すことが一般ですので、複式簿記の起源についてみていきましょう。

ちなみに、簿記というのは、正確な意味では、取引を記録して管理する方法だけ を意味しています。簿記は、英語では ”Book Keeping” と書かれ、帳簿に記入することだけを純粋に意味している ことが読み取れます。

ちなみに、簿記の語源の一説として、英語の “ブックキーピング“ が訛って、”ブキ“ → ”ボキ” になったという説が囁かれていたりします。これはあくまで冗談みたいな話で、実際は、官庁が簿記という言葉を常用していたことにより一般にも定着していったのが有力な説だったりします。

さて話を戻しまして、日本の一般的な簿記検定では 会計実務 まで含まれているので、財務諸表の作成にまで範囲が及んでいますが、厳密な意味の簿記 は ”記録” だけです。あくまで複式簿記が会計分野に頻繁に用いられているということに過ぎません。というわけで、取引の記録方法 としての複式簿記の起源を辿っていきます。

複式簿記の起源については、諸説いろいろあるため、はっきりとしたことはいえません。古代ローマ起源説、中世イタリア起源説、ジェノバ説などなど正確なところは判明していませんが、取引を記録して利益を計算できなければ、商品価格などを決めるのは難しく、良い商売はできません。
そのため、文明が発達して商業あるところ には必ずといっていいほど 独自の簿記の仕組みが存在 していました。実際、日本にも複式簿記が普及する前の江戸時代では、大福帳 という日本独自の帳簿を使用して債権の管理をしていました。このように、複式簿記が一般に普及する前は、世界のあらゆる地域ごとに取引の記録方法は存在しており玉石混淆の状態でした。そして、そこから数百年をかけて複式簿記に統一されていきます。

さて、複式簿記のルーツについて、確実に判明していることは 1494年に ルカ・パチョーリ (※ 図1)によって書かれた数学書 『算術・幾何・比及び比例全書:Summa de Arithmetica, Geometria, Proportioni et Proportionalita』 の存在です。名前が長いので、通常は略称として 『スムマ』 (※ 図2)と呼ばれています。

図1:ルカ・パチョーリの肖像画(出典元:Wikipedia)

図2:スムマ(出典元:専修大学)

この書籍の中に 簿記論 が登場しており、ルネサンス時代でヨーロッパの中でも特に繁栄を迎えていた 中世イタリアのベェネチィア商人たち の間で活用されていた、イタリア式簿記 の方法が体系的に綴られています。この簿記こそが 現在の複式簿記の原型 となっています。

さらに、パチョーリが幸運だったことは、14世紀に活版印刷の発明書と呼ばれる ヨハネス・グーテンベルク によって 印刷技術が実用レベルで存在 していたことです。活版印刷によって、『スムマ』は手に入れやすいものとなり、複式簿記の普及を飛躍的に進めました。
つまり、パチョーリの功績は、当時ヨーロッパの中でも商業的に栄光を迎えていた 商人たちの簿記の技術を体系的にまとめ、印刷技術などを用いて、イタリア含めた各国にも広めたことです。それを起点にして、世界中で複式簿記のすばらしさが徐々に認められて、商業界のデファクトスタンダード になっていきます。そして、近代会計学において欠かすことのできない複式簿記の発展に重要な役割を果たしたことから、パチョーリは 「近代会計学の父」 とも呼ばれます。

余談ですが、たまに誤解されていることとして、パチョーリ自身が複式簿記の発明者であるかのように思われていることです。パチョーリが複式簿記を発案したのではなく、当時から使われていた簿記を体系的かつ理論的にまとめただけ です。そのため厳密には発明者ではありません。ただし、既存の知識を学術的にまとめるのも立派な学問であり、容易なことではありませんので、優れた貢献をしていること自体は事実に変わりません。この話もよく簿記の文献に登場しますので、そこまで誤解している人は多くはないと思います。

さらに、ルネサンス時代の大天才 レオナルド・ダ・ヴィンチ と親交があったことも有名で、パチョーリ著作の 『神聖比例論』 には、ダ・ヴィンチの書いた挿図が登場します。このように、会計の分野ではとても有名なパチョーリは、商業系の科目を受けられた多くの人がご存知なので簿記を勉強するなら知っておいて損はない人物です。話は脱線しましたが、彼の功績により、多くの国に複式簿記が広まっていくことになります。

3. その後:会計と、商業の進歩

14世紀の複式簿記の普及によって、大規模な事業であっても取引を記録してある程度管理できるようになりました。

しかし、簿記が発展した現代の 近代会計 に繋がるまでは、300~400年ほどの長い時間 がかかります。
16~17世紀に、期間ごとに利益を算出する 期間損益計算、18~19世紀に 固定資産の会計処理 など、画期的な考え方が登場して近代会計はようやく確立されていきます。

詳しい話は時間がないので省きますが、これらの会計の発展によって 商業も大幅な進歩 を遂げました。昔は、個人や小規模なグループが小額の資本金でビジネスを行うだけで限界でしたが、近代会計の登場によって、不特定多数の資本家から巨額の資本金を集め、経営者が企業運用して継続的に莫大な利益を生み出す、現代の 株式会社の仕組みが確立 されてきます。世界初の株式会社である 東インド会社 も会計の発展を語る上で重要な存在です。

特に、期間についての考え方 は 株式会社と密接な関係 があるのでとても重要なポイントですので次回の機会があればみていきます。総論として、株式会社の誕生、及び、その制度を実現するための近代会計、もしこれらが誕生していなければ今日のような急速な経済発展は決してなかったでしょう。こうした会計の発展の根底にあるのが 複式簿記 となります。そこで複式簿記を押さえていくことは会計を真に理解するための礎となります。

4. 最後に:日本での簿記のはじまり

イタリア から始まった複式簿記の普及ですが、ヨーロッパから英語圏へ、英語圏から日本に広まってきます。日本 に初期の複式簿記の考え方が入ってきたのは、1873年に 福澤諭吉 が翻訳した 『帳合之法』(※ 図3)のおかげです。

帳合之法より 図3:(左)見返し題、図4:(右)仕訳(出典元:国文学研究資料館)

豆知識ですが、この書の中(※ 図4)で、「Debit」 を 「借」、「Credit」を「貸」 と訳したことが、借方 と 貸方 の名前の由来になっています。

初期のころは、銀行業務と密接な関係 があったのでそのような呼ばれ方になっていましたが、現代は業務範囲が拡大したことにより、言葉の意味合いはあまり関係なくなりました。
やはり、借方を左側、貸方を右側 と考えておくのが良いです。また、なぜ借方は左、貸方は右なのかについても、会計史上、議論の残るところなので深く考えないほうが吉です。

さて、興味深い会計史ですが、他の学問に比べて歴史は浅い方です。なので、みなさんが簿記に抱くイメージと同じように会計史も難解なもののように感じるかもしれませんが、想像されているよりはシンプルだとは思いますので、興味があったらご自身でも調べてみると面白いかもしれません。

参考リンク

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