AI Chronicle (1) ー 人工知能の歴史を辿る

AI Chronicle (1) ー 人工知能の歴史を辿る

2017.10.31

現在3度目のブームを迎え空前の盛り上がりを見せている人工知能。しかし、ここに至るまでのAIの歴史は平坦な道のりではありませんでした。本稿では、「AI Chronicle」と題し、「知性」と「コンピュータ」の進化とともに、ここまでの歴史を振り返ります。

「知性」をさかのぼる

太古の人工の「知性」

人工知能の定義についてはさまざまな話が飛び交っていますが、「人工の知性」の歴史は、紀元前の文明にまでその痕跡を見ることができます。

コンピュータが登場する以前の人工的な知性の模索は、歯車や板などで手順(シーケンス)を作ることで人の動きを模倣するなど、風力や水力などを動力にする機械式な創造物でした。たとえば、ヘパイストスの機械人形がそれにあたります。中世では機械技術のみならず錬金術や神秘思想、哲学の観点から、ホムンクルス、フランケンシュタインなどの記述や寓話が出てきます。

「人間が思考をする過程を体系化するための機械的・形式的推論」は絶えず語られ、また試されてきました。もちろん、それは近現代と比べると、原始的で物理的な域を出ることはありませんが、人間の知性の根底にあり続けているものであったと言えます。

コンピュータと「知性」の限界

時代は、一気に近現代まで進みます。

1940年台に入り電子回路が発明されると歴史は一変します。
ABC(Atanasoff-Berry Computer)、Colossus、ENIACに代表される最初のコンピュータの登場、ジョン・フォン・ノイマンが提唱したノイマン型コンピュータ、初めて「メモリ」を搭載したノイマン型コンピュータの試作モデルBaby Mark1 (SSEM: Small Scale Experimental Machine)…これらは全て1940 年代の出来事です。

その後トランジスタが登場し、1950 年台初期にはIBM製IBM701というメインフレームが発売され、その2年後にはIBM704というメモリをより信頼性の高い磁気コア式に変更したモデルが発売され、1960 年には集積回路が発明されました。

コンピュータの登場により、これまでの物事や動きを再現する研究から、物事を思考するAIの研究に変わっていきます。同時に、数理論理をもとにしたアルゴリズムではできることに限界があることが分かってきました。

半面、その限界の範囲内であれば、数学的な理論を記号化して機械で表現できることも可能であることが確認され、「漠然と人の思考を模倣する」事から、現在のAI研究の基本となる「目的と利用範囲を定めたAIの研究」へシフトしていきます。

一盛一衰のAI時代

第1次AI ブームと冬の時代

1960年台にはコンピュータの性能はさらに上がり、COBOL言語、論理プログラム用LISP言語、BASIC言語が登場しました。

アルゴリズムとしての人工知能は、幾何学定理の証明や、代数学問題の解決、英会話の学習などが成功したことにより、「数値として情報を操作できる機械は、人間の思考の本質を表現し得る」とまで言われ、1956年のダートマス会議にて「人工知能」という研究分野が樹立されました。

しかし1970 年代に入ると、小さな成功を続けていたAI黄金時代にも、陰りが見えてきます。

当時のコンピュータでAIの演算を行うには処理能力が低く、メモリ容量も全く足りていませんでした。計算能力の不足、演算条件の追加には、まだハードウェアの制約によって対応できず、英会話の学習を行ったプログラムはたった20語の語彙を格納するのがやっとだったのです。

産業は憂いの目をみるか。第2次AI ブーム

この頃コンピュータの驀進は止まらず、1969年にUNIX(OS、オペレーティングシステム)や、ARPANET(インターネットの元祖ともいわれるパケット交換方式のネットワーク)が登場します。

1970年代に、コンピュータ界の転換期となる、汎用マイクロプロセッサ8ビットCPUの、Intel8080が発売され、C言語やプログラム言語Prologが登場しました。

1980年代に入ると、IBMからPC/AT互換機(パソコン)が発売され、世界初のGUI環境を持つMacintoshが登場、それを追うように Windows1.0も発売され、コンピュータが研究分野以外にも広く普及してきます。

時を同じくして人工知能分野にも変化が起こります。適用分野を大幅に絞り、その方面の専門家の知識をライブラリ化した「エキスパートシステム」が考案されました。

これはAIの応用先の一つとして方向性を示したFAQシステムで、専門家から収集した論理ルールと知識を元に、化学・医療、一般企業の課題までをサポートするシステムで、ふたたび AI ブームが巻き起こります。

これらのシステムは LISP と呼ばれる推論・導出を主に行うプログラム言語とアルゴリズム、そしてそれらを効率的に実行出来る LISPプロセッサを搭載した、専用のハードウェアによって構成されていました。

ICT 文明の夜明けと黄昏

1990 年代に入り、ふたたびコンピュータの歴史が大きく動きます。

インターネットが一般生活におりてきました。そしてここから長期にわたってコンピュータ市場の主役となる、Intel製CPUのPentiumが発売されたほか、SGI社がグラフィックを専門に扱うワークステーションとライブラリ (SDKとAPIの原型) がOpenGL として「標準化」されるなど、現代のコンピュータシステムの基盤が構築されたのもこの年代です。

1995年にはWindows95が発売、Sun Microsystems社からJava言語が登場します。

用途の限定された LISP マシンの市場価値が低迷すると同時に、専用ハードウェアに依存し発展したエキスパートシステムは次第に姿を消していきました。

柔らかくなったコンピュータと多様性 ー 第3次AIブーム

1999年に NVIDIA社から発売されたGeForce 256は、グラフィック処理命令をカード上で実行できるパイプライン(ハードウェア T&L)を搭載しており、初めて「GPU」という呼び名を世界に発表しました。

2000年代に入ってからは「ムーアの法則」が示すようにコンピュータの性能はますます跳ね上がり、2007年までにはこれまでのハードウェアアーキテクチャが刷新されました。

Microsoft社からDirectX10が公開され、それに対応するNVIDIA社のGeforce 8xxxシリーズ、ATI社のRadeon HDシリーズは、GPU上に搭載するパイプラインを汎用的に使用でき、グラフィックのみならず膨大な数のパイプラインを使いCPUより高速な演算が可能なプロセッサ(GPGPU、General Purpose computing on GPU)として進化していきます。

同時に NVIDIA社からはCUDA SDKが発表され、GPGPUを効率的に使う環境も一般化していきました。また、2006年発売のPlay Station 3はゲーム機という区分にも関わらずCELL/BEアーキテクチャのCPUを積み、並列接続でスパコンを超える演算能力を発揮できるという非常に画期的なものです。

この頃から、目的に応じて形態を変える事ができるコンピュータシステム登場で、大量のデータを瞬時に処理できるようになるとAI 研究も停滞していません。

2005年には、砂漠の中を様々なセンサーを積んだロボットカーが130マイルのコースを自律走破達成。2007年には、市街地を想定した55マイルのコースを、同じくロボットカーが交通法を遵守しながら自律走破をしています。

そして2011年には、IBM Watsonがクイズ番組で優勝するなど成功事例が取り上げられ、人工知能の中でもとりわけディープラーニングが急速に注目を集めていきました (第3次AIブームの始まり)。

シンギュラリティの時代へ

AIは生活にすでに入り込んでいます。インターネットの検索エンジンやスマートフォンの音声入力など、AI 研究が生んだ便利な技術は、それが人工知能だと意識しないレベルで生活に浸透してきています。

今、我々の周りでは、ますます利便性を上げたコンピュータ・ネットワークシステムが、24時間、様々な支援や仕事を行うだけでなく、趣味でAIが作成できるほど、情報やツールが広く提供されています。今後も、なお加速を続けていくでしょう。

しかし最も幸いなのは、AIを扱う人間たちがAIへの期待にばかり捕らわれず、AIの限界を日々目の当たりにしながら慎重にその進歩と適用範囲の拡充を続けている点ではないでしょうか。

第3次AI ブームと言われる情報革命は、ブームの収束で終わることなく、来たる技術的特異点(シンギュラリティ)を、心から歓迎することができる未来を我々は願うばかりです。

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