Society5.0の実現に向けた改革の要諦(3) アメリカと日本の採用プロセスの違いから見る「プロ意識の差」

Society5.0の実現に向けた改革の要諦(3) アメリカと日本の採用プロセスの違いから見る「プロ意識の差」

2017.11.17

今後イノベーションをめぐる疾風怒涛の国際競争が激しくなる中、その実現で日本再興を目指す我が国。(1)海外のSTEM教育の現状ではアメリカをはじめとした「世界的なムーブメント」に触れました。(2)日本のIT人材の現状ではさらに理解を深めていただくことを目的として、様々な角度から我が国の現状と課題を探りました。
シリーズ(3)となる今回からは、国内と海外の意識面での比較を通して、浮き彫りとなる我が国の課題を解説します。

アメリカの現状を考える

「Society5.0」を目指す国内の課題を考えるうえで、今回は意識の面に着目をしていきます。まずはアメリカの現状について考えてみましょう。

アメリカの大卒社会人の意識

アメリカ国立科学財団(National Science Foundation:NSF)2016年版報告書において、2013年の全米大学卒業者調査(NSCG: National Survey of College Graduates)の結果を示し、次の通りレポートしています。

『科学・工学分野に従事している大卒労働者約600万人を除く、非科学・工学分野に従事している大卒労働者約1,700万人が「自分の仕事には、科学・工学分野の最低限の専門知識が必要」との回答結果を示し、全専攻学生には1つあるいは複数の科学・工学分野の最低限の専門知識が必要である。

この1,700万人という人数は、非科学・工学分野の全大卒労働者の約44%と高い比率です。アメリカの大学では専攻分野に問わずコンピュータ・サイエンスが教養課程に入っています。全学生は、コンピュータ・サイエンスを学び単位を修得し、ICTの基礎学力を身に着けてから、社会へと出ていきます。それゆえに、必要性を感じる感度が鋭敏なのかもしれません。

報告書から読み取れることは、アメリカにおいては、既に、2013年の段階で供給サイド(科学・工学分野)は勿論のこと、ICTを導入・利活用するユーザ企業(公共機関を含む)においても、従事する仕事の中でICTを導入・利活用するための知識・スキルを習得しなければならない環境へと、大きく変わっていることを示しています。

併せて、ユーザ企業における「求められる人材像・スキル要件」が大きく変化していることを示しているといえます。今後、IoT、AI、ロボットなどによるイノベーションの時代を迎えることで、必然的にユーザ企業において、更に、科学・理工学分野の多様かつある程度深いスキルが求められる環境へと大きく変化していくこととなります。

NFS元長官の基調講演

本報告書の内容を裏付ける話を、現在、著者が委員を務めている総務省の「ICTスキル総合習得プログラム開発検討委員会」において、委員長として推進いただいている、東京大学大学院情報学環 須藤 修教授から伺いました。

「2013年度の東京大学大学院の入学式でNFSのリタ・コルウェル元長官に基調講演を依頼した。そのスピーチは全研究科の新入生に強いインパクトを与えた。
『現在、アメリカの政策はクラウドとビックデータ分析を重視し、社会にインパクトを与え変化をもたらし始めている。皆さんは卒業後、これらの分野で社会に貢献する人材になる必要がある。その為に必要不可欠なのはICTの力をつけることで、これは専攻分野を問わず求められる』

「グローバルでは数学などと同様に、社会の中でICTの知識とスキルが一般教養化している環境にあることを知らされた」とし、このアメリカの環境の変化は、須藤教授にとっても衝撃的な出来事であったとのことでした。

アメリカと日本、異なる採用プロセス

次に、IT業界を支える人材を確保する上で、その採用プロセスについて比較をしてみたいと思います。

アメリカの採用プロセス

アメリカの大学の入学、企業の採用プロセスは日本における「記憶・暗記重視」の試験内容と大きく異なります。

例えば、「プログラミングを学びたい」、「プログラマーとして仕事をしたい」場合の例を見てみます。アメリカでは、エントリー時に学校(高校・大学)の成績や取得資格などの客観評価に加え、学生の時に制作したプログラムをポートフォリオ(作品)として提出します。そのポートフォリオを基にコンセプチュアル、個人が持つ資質、思想などの評価を面接(プレゼンテーションと質疑応答)やエッセイ(小論文)を通して選考されます。

大学であれば「入学後可能性を開花させることが出来るか」という点、企業の場合は、アメリカは基本的にポジション採用のため、新卒・キャリア採用共に「求人するポジションのプロとして即戦力あるいは、戦力となる可能性のある技能とスキルがあるか」を重視した選考が行われます。

我が国のIT業界の採用プロセス

我が国の多くのIT関連企業の新卒採用では「文系も歓迎。入社後に育成教育を行います」とし、学生も「自分を育ててくれる企業」をエントリーの基準の上位にあげており、アメリカの現状とは180℃異なります。また、人材不足をカバーするひとつの手段として、人材派遣会社から毎年約10万人の人材供給が行われています。文系学生や他業種からの未経験者の転職希望者に対して、ICTの基礎を学ばせたあとに、IT関連企業へ派遣する人材派遣会社もあります。

シリーズ(2)で述べた通り、「中学生の理数離れ」「少子化・理工系学生の減少」「就活学生のIT業界離れ」などの課題を抱えるIT業界の現状では「絶対数の確保」という意味で、背に腹は代えられない対症療法と理解できます。

しかしながら、その多くの仕事は、多重下請けの業務など生産性の低い業務への従事となっている現状です。世界的に見ても知的基盤型社会へシフトが進む中、これらの業務は近い将来、AIやロボットなどへの代替が進むと考えられ、中期的に見て我が国の知的人材不足解消という課題に対する抜本的な解決策とは言えません。

日本のIT業界に足りない、「プロ意識」

プロ集団への変革

試合はTVで観戦したことあるが、サッカーボールを蹴ったこともない、ルールも知らない学生を「素人歓迎。一から育てます」というプロのサッカーのクラブチームが存在しないことと同様に、アメリカのIT企業の採用プロセスは「プロ集団」として至極当然です。

医師、弁護士、科学者などもしかり、学生時代に基礎から専門知識までを学び、実習、研究、演習などでスキルを積み重ね実力を養うことで、プロへのエントリーが認められます。勿論、我が国のIT業界においても、学生時代に同様に成長遂げIT業界で、世界レベルの技術者として活躍する人材もいます。

しかしながら、欧米からすれば「国のIT業界の総合力」としては「U-18」程度とみられているのかもしれません。その評価がシリーズ(2)で述べたThe Global Information Technology Report 2016で「教育システムの質27位」、「ビジネスと革新の環境33位」、「知的集約型の仕事の率58位」などに反映されていると言えます。

「奇跡」だけでは長続きしない

草サッカーチームがプロのクラブチームに勝利することは「奇跡」です。現在の日本のIT業界には「奇跡」という表現が当てはまります。その「奇跡」を「必然」に変えるためには、アメリカ並みの筋肉質なIT人材による生産性の高い「プロ集団」への中長期的な変革が不可欠です。

生産労働人口の激減という物理的な課題に対して、生産性の低い業務をAI、ロボットへ転換することで、受託開発における多重下請構造から脱却する。中国、インド、アメリカと同様に計画的なSTEM系人材の育成によるグローバル市場で戦える人材を輩出する。今、日本には、市場対象を国内1億市場(ガラパゴス)とするのではなく、フラット化している世界市場を対象とした「サービス創出と開発」への変革が必要です。

今後、国の教育システムそのものにもメスを入れる必要もあります。これに関連して、今回の衆議院選挙の争点の一つに2019年秋の消費増税がありました。安倍総理大臣は、税収の使途を子育て世代への投資の充実を公約の一つに掲げ勝利しました。政府の教育(人財育成)に関する解説は、シリーズ総括編で詳しく述べることとします。

次回、シリーズ第4回は、今回同様に海外との国際競争に関する意識を中心に比較し、浮き彫りとなる我が国の課題を解説します。

 

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